FC2ブログ

発達障害とうつ病

sick_kokoro_yamu_man.png

先日、ある新聞が実施した20歳以上の発達障害者を対象にしたアンケートで衝撃と言える結果が出ました。回答した人の中で、発達障害の診断を受けた人の45%が、うつ病の診断を受けたということです。発達障害の二次障害としてうつ病を発症している人が多いのは分かりますが、正直、これほどとは思っていませんでした。半数に迫ろうかという数字なので、非常に深刻な問題と言えるでしょう。さらに、学校でいじめを受けた経験があると答えた人は7割以上にのぼります。職場でのいじめを受けた経験がある人が半数近く、親や周囲からの虐待を受けたという人が3人に1人、半年以上引きこもりの経験のある人が4人に1人いるそうです。

当ブログでも説明したとおり、発達障害は先天性ですので、幼少の頃から特性があらわれます。今回のアンケートは、大人が対象ですので、発達障害の特性があらわれる子供のころに、世間で発達障害という概念がない時代に育ってきた人が多くを占めています。その頃は、学校では変なヤツだといじめられたり、親や先生からは何か起きるたびに「何でみんなと同じ事ができないの」と怒られ、挙げ句の果てには人格を否定されたり暴力を受けたりしていました。その結果、自尊心は失われ、コミュニケーションを作ることにも恐怖感を覚えるようになっていきます。大学を卒業したまでは良いけど、就職出来ないというケースも珍しくありません。就職出来たとしても、一般枠で就業している以上、周囲と同様の成果を会社は当然期待します。発達障害の場合、不得手な分野に関しては、誰でも簡単に出来そうな事でも出来るようになるのに非常に苦労します。仕事では、当然のようにその人にとって不得手なこともしなければなりません。そこでなかなか上手く出来ないと、会社も厳しいことを言ってきます。もちろん本人は何とか出来るように頑張るのですが、思うようにいかなくて周囲からは厳しい目を向けられ、心が折れて辞めてしまい、再就職へ向けての就活も上手くいかずに二次障害の併発や、引きこもりになったりしてしまいます。

就業中のコミュニケーションの難しさで言えば、発達障害の特徴である曖昧な表現の捉え方が困難であるということ、暗黙の了解や社交辞令が分からないといった事もあるのかなと思います。例えば、曖昧な表現でいうと「適当にやっておいて」の適当が何なのかが分からなかったりします。暗黙の了解にしても、誰でも分かりそうな事でも教えてあげないと分かりません。社交辞令にしても、言葉そのものを言葉のとおりに本気に捉えます。発達障害でない人からすれば、面倒臭いと思うかも知れませんが、発達障害のことを少しでも知って、そのような特徴がある人と接する時にどう接したら良いのかを考えてみる必要があるのではと思います。

発達障害の特徴のある人でも、実際に発達障害の診断を受けている人はまだ多くないと思います。最近取り上げられるようになってはきましたが、まだ知名度が高いとは思えません。なので、発達障害の特徴を持っている人でも、発達障害を知らずに「自分はダメ人間だ」と思い詰めている人も多いのではと思います。また、発達障害の診断を受けている人でもカミングアウトすべきかどうかの問題はあります。私も、発達障害を詳しく知ったのは最近です。それまではアスペルガー症候群は知っていましたが、断片的にざっくりとしか知りませんでした。これまで私も、今思えば発達障害っぽい人と接してきました。時に冷たく突き放すような事を言ってしまった事もありました。自分が出来る事を相手が出来ないと、ついキツイ事を言ってしまう事があります。発達障害の人は、何とかしよう何とかしようと人一倍頑張っている人が多いです。そういう人に自分目線で、自分と同じレベルの事を要求するのはその人にとっては非常に酷な事なんだろうなと反省しました。誰にでも長所はありますし、発達障害の人は、その長所が人並外れている事もあります。発達障害の特性を持った人は学校や会社といった日常生活の中で、普通にいるのではないでしょうか。まずは発達障害を知ってみる事が重要だと思います。

スポンサーサイト



1994年の寵児 

keiba_banushi.png

ついにイチロー選手が引退しました。イチロー選手が鈴木一朗からイチローに登録名を変えたのが1994年。この年に大ブレークして以降、四半世紀にわたって日米の球界を牽引してきたことになります。

その1994年は、私が某大学に入学して一人暮らしを始めた年なので、やはり随分と昔だなと感じます。そして競馬界ではナリタブライアンが三冠を達成した年です。

馬券を買っていたかは置いといて(当時は競馬法で学生は馬券が買えなかった)ナリタブライアンのファンでした。競馬を覚えたての頃は、純粋に強い馬が好きで応援していました。皐月賞が3馬身半、ダービーが5馬身、そして菊花賞が7馬身と圧倒的な差で三冠を達成し、七五三の豪脚とも言われていました。競馬を普段見ていない人にも名前が知れ渡り、さんまのなんでもダービーという番組では、ナリタブラリアンというポニーも登場したほどです。

しかし、翌年以降は故障に悩まされ、往時の輝きを取り戻すのに苦労しました。1996年の春の天皇賞でも2着に敗れ、次どうするのかと言われていましたが、陣営は高松宮記念(当時は高松宮杯という名称)に参戦してきました。

高松宮記念は1200mのスプリント戦で、96年がGⅠ昇格元年でした。一方の春の天皇賞は3200mのマラソンレースです。GⅠレベルのスプリント戦は現役屈指のスピード自慢が出走してくるので中長距離を中心に走ってきたナリタブライアンが短距離のペースに対応するのは至難の業です。当時は、高松宮記念は5月に施行されていたので、天皇賞からの参戦も可能でした。ナリタブライアンの高松宮記念出走は批判がある一方で、ナリタブライアンならという期待も少なからずありました。結果は前半ペースについていけず最後追い込んできたものの4着に敗れました。そして残念ながらレース後故障が判明し、引退を余儀無くされてしまいました。三冠達成の強さを取り戻せず引退してしまったのは、一ファンとして残念に当時思ったものです。

今日は、その高松宮記念があります。今は、路線の整備と陣営のレースの使い方もあって、違う路線の馬の出走はほとんどありません。良く言えば洗練した、悪く言えば面白みに欠けるGⅠが大半です。大レースをほぼ一人勝ち状態のノーザンファームですが、ダート路線と芝のスプリント路線は他の路線ほど有力馬が充実していません。来週以降のGⅠレースはノーザンファームを中心に考えざるを得なくなりますので、ノーザン以外の生産者にとっては、鬼の居ぬ間に何とかしたいところでしょう。ダノンスマッシュは現実的に見て、一番穴がないように感じますし、モズスーパーフレアのスピードがフルに活きる馬場に今週はなっているので、人気2頭は評価を落とせませんが、馬券妙味を狙ってアレスバローズが面白いのではと思います。昨秋は不振でしたが、前哨戦のシルクロードSでリセット出来たように思えます。中京コースも高速馬場も歓迎で、人気2頭の一角崩しを期待します。
◎アレスバローズ
○ダノンスマッシュ
▲モズスーパーフレア
☆ナックビーナス
△ダイメイプリンセス
△ペイシャフェリシタ

梅は咲いたか 桜はまだかいな

fullsizeoutput_e6.jpeg

春本番と言うよりは、初夏の陽気に近いかも知れません。水戸の梅と言えば偕楽園の梅が全国的に有名ですが、水戸駅の近くにある弘道館の周辺の梅も見頃です。弘道館は、江戸時代の後期に徳川斉昭が開設した藩校で、一般の人が見学出来るように整備されています。写真の後方に見えるのが旧茨城県庁で、多くのテレビドラマや映画のロケ地として有名です。水戸駅北口から歩いて10分ほどの距離ですので、散歩気分で気軽に行けるのがおススメです。桜も茨城県は関東地方では遅い方ですが、3月中には開花しそうです。最近は、温暖化のせいか、早い春の訪れが当然のようになっているような気がします。昨年は、この時季すでに暑かった記憶があります。

fullsizeoutput_e3.jpeg

fullsizeoutput_e0.jpeg

反対の南口を歩いて15分ほどの道路に、このようなものがあります。

fullsizeoutput_dc.jpeg

これだけだと何なのかさっぱり分かりませんが、橋のたもとにこのような碑がそそり立ってます。

fullsizeoutput_de.jpeg

つまりは、ここをかつて路面電車が通っていて、その軌道跡がこの橋の部分だけなぜか残されています。

fullsizeoutput_d9.jpeg

水戸市内には、昭和41年まで路面電車が走っていて、水戸の市街地の北の端の上水戸から海沿いの大洗までの20キロあまりの区間に敷かれていたそうです。水戸市内を越えて結構長い距離を走っていたんですね。東京の都電とかと同様に、急速な車社会に押し潰されるような形で廃止に至りました。写真の橋は昭和38年に竣工されたので、3年ほど路面電車と共に過ごし、廃止後も橋の部分だけは当時を偲ばせるような状態で残っています。水戸に路面電車が通っていた数少ない痕跡と言えるでしょう。水戸市内の道路は渋滞が絶えない状況です。バスも時間通りとはなかなかいきません。とは言ってもモノレールやライトレールを新設するには現状ではそこまでの需要があるとは言えないでしょう。隣の栃木県の県庁所在地、宇都宮では、ライトレールの開業へ向けて工事も始まっているようです。ゆくゆくは少子高齢化の波が押し寄せて、公共交通機関の見直しが迫られる時期がくるように感じます。

辛くなったら逃げたっていいじゃないか

bg_school.jpg

今日は地元の多くの中学校で卒業式を迎えていました。親御さんにとっては義務教育を終えられて一段落というところでしょうか。中学を卒業された生徒さんにとっては、次の進路へ向けて楽しみと不安が交錯していることと思います。一方で、いじめ自殺のニュースは後を絶ちません。本当に心が痛みます。私自身も、特に高校1年くらいの頃、いじめを受けてかなり精神的に追い詰められた日々を過ごしたことがありました。なので他人事とは思えないところがあります。

その高校1年の時のクラスは、全員男子のいわゆる男クラでした。同じ中学出身の男子はいなかったので、まっさらな状態での高校生活のスタートでした。自分自身、いじめられやすいタイプだというのは自覚していましたので、自分からコミュニケーションを取る事を控えることでなるべくボロを出さずに静かに過ごしていければと考えていました。初日の時点で、こいつはヤバそうだという目星はだいたいついていました。

だけど物事思い通りにはいきませんでした。まず体育の授業でボロが出ます。運動神経が鈍いので、徐々に何だコイツと思われるようになります。野球では、バットを思い切りフルスイングして全く当たらないので、当時阪神の大型扇風機と呼ばれた外国人選手、フィルダーだとあだ名されます。普段もどことなくオドオドしていて弱そうなので、徐々にクラスのボスから目をつけられるようになります。初めのうちは陰口程度ですが、自分でも言われているのは分かります。

2学期あたりから本格的にいじめを受けるようになりました。連日、ボスから不意に後頭部や顔面を殴打されたり、ボスや取り巻きから昼食の買い出しを強要されたり、自分が何か喋るたびに嘲笑されたりと完全に人間扱いされていませんでした。体育で何か失敗すると罵声を浴びたり笑われたりと心の休まる時間はなかったです。それでも反撃すると集団でボコボコにされるのではという恐怖感が強くて、ジッと耐えて納まるのを待とうと考えていました。

3学期になっても続いていました。平成初期の当時は辛くても我慢して学校に行くというのが当然の選択肢の時代です。さすがに私も学校に通うのがしんどいと思うようになりました。それでも、学校を辞めたら人生詰んでしまうくらいに考えていたので、何とかしたいという一心で担任の先生に相談しました。先生に相談するにも先生にチクるやつは最低最悪の弱虫だという共通認識が生徒間にあったので、相談したところで解決するのかどうか不安が尽きませんでした。プライドの高い年頃でもありますので、なかなか話を切り出せないというのもありました。結果、翌日からクラスの自分に対する視線が冷たくなりシカトされているような状態になりましたが、殴る蹴るや買い出しを強要されるといったいじめはなくなりました。

クラスが変わった2年以降は、運動神経が鈍いので多少からかわれたりはしましたが、1年の時のようないじめはなかったです。でもやはり、1年の時のいじめで受けた心の傷は決して小さくなかったように思います。大学でも、自分から積極的にコミュニケーションを取りにいくことはありませんでした。それでもそんな私に声をかけてくれた友人がいて、その人とは今も交流があります。高校の時のクラスメイトにも、今現在、事業主をしていて私のお客様もいます。本当に涙が出るほどと言ったら大袈裟かも知れませんが、嬉しいことだとしみじみ思います。

いじめはなくなって欲しいと思いますが、大の大人が職場等で気の合わない人を露骨に省いたり「あなた目障りだからこっち来ないで」と突き放したりしている姿を目にしたことがあります。大人がこういう事をしていては、子供のいじめなどなくなるはずがありません。いじめは、子供だけの問題ではないと思います。

本当に辛くなった時、学校に行かないで環境を変えて転校するなりフリースクールに行くなり通信制の高校で自分のペースで勉強するなりするのも周囲の大人たちが一緒になって考えてみた方がいいでしょう。学校の名前や学歴でその人の将来が決まるわけではありません。自分もそうでしたが、中高生くらいだと弱みを周囲に見せたくない気持ちが強く、頑張って周囲に合わせようという事を考えます。中には先生に相談したけど、その先生がまともに対応してくれなかったという場合もあります。そういう時に逃げるという選択肢を選ぶのは、恥ずかしい事でもなんでもありません。正しい選択肢です。自殺という選択肢だけは選んではいけません。

引きこもりと発達障害

netgame_chudoku_haijin.png

引きこもりと言うと、「努力していない」「怠けている」「生産性がない」等というイメージがつきまとい、世間からは白い目で見られがちなのが現状です。確かにそのイメージの通りの人もいるでしょうが、それまでの学校や職場での人生経験の中で、多くの失敗をしては叱責され、時には人格を否定されるような事を言われたり周囲の人ともどう関わったら良いのか分からない等、辛い経験の積み重ねが引きこもりにつながっているというケースも少なくないでしょう。引きこもりとなる原因のひとつとして、ここ2回の更新で取り上げてきた発達障害が影響しているという可能性が、かなりの確率であるのではないでしょうか。

発達障害が世間に知れ渡るようになってきたのは、21世紀になってから、特にここ10年くらいのように思えますので、現役世代の多くの人は、子供の頃に発達障害という言葉を聞いたことはないのではと思います。今で言う発達障害と診断されるような特徴をもつ子供でも、当時は「変な子」「自分勝手で我儘な子」と言われ、親や先生からは何かある度に叱責され、周囲の子からは嫌がられたりからかわれたり、最悪いじめられたりしていました。そういう経験が多ければ多いほど自尊心は傷つけられ、周囲とのコミュニケーションも疎遠となり、常にオドオドした感じになってしまいます。発達障害から二次障害を引き起こして引きこもりになってしまうというケースは少なくないと思います。

発達障害は「先天性」なので、早ければ1歳くらいで、遅くとも2、3歳くらいで何かしらの特徴が現れて、集団生活が始まる幼稚園くらいになると、周囲の子とトラブルをしょっちゅう起こしたり、逆に全く集団生活に馴染めない等といった顕著な特徴が現れます。なので、大人になるまで発達障害の受診をされてない場合でも、子供の頃から現在までの状況をたどっていけば、発達障害の可能性が見えてきます。

「障害」という名称があるので、受診を検討されてる方でも抵抗のある方は多いと思いますが、発達障害の診断を受けたことによるメリットはかなりのものです。まず、自分自身のこれまでの行動の原因がわかるということです。発達障害は先天性の脳の発達の違いが引き起こすもので、親の接し方のせいでもなければ自分自身の努力が足りなくて招いたものでもありません。原因が分かって安心したという人は多いし、受診をきっかけに発達障害と向き合って前を向いていこうという人も多いです。それとやはり、障害者手帳、障害年金の対象となる点は大きいです。障害者手帳があれば、障害者枠での就業が可能になります。一般枠で就職して頑張ってはみたが、仕事のミスやコミュニケーションの取り方などで疲弊してしまい、長く続かず退職してしまう人も少なくありません。一般枠だと、どうしても健常者同様の活躍が求められます。発達障害の人が一般枠での就業が難しいのは、凸凹差の凹の部分で周囲と同じだけ仕事しようとするために、健常者の何倍ものエネルギーを費やしてしまうからです。会社も利益をあげなければいけないので、なかなかそういった部分に目が届かなくなってしまいがちです。障害者枠だと、本人の状況にあった仕事がある程度できるようになります。障害者手帳があれば、雇用保険の失業手当の給付日数が通常より多くなります。障害年金に関しては、初診日から1年6ヶ月経過しないと受給の対象にはなりませんので注意が必要です。

発達障害が世間に認知されていなかった時代に子供だった人の中には、発達障害の特徴を「放置」された状態で大人になり、仕事で失敗を重ねたり周囲とのコミュニケーションが取れずに仕事が長く続かずに短いスパンで就退職を繰り返し、気持ちが沈んでいって引きこもりにつながってしまうという人も少なくはないでしょう。そういう人は決して努力をしていないわけではありません。何とか周囲と同じくらいに仕事が出来るようになりたいと頑張っています。それでも出来ずに上司に叱責されて自尊心が失われ、「自分はダメなんだ」という気持ちに支配されてしまうのです。とは言え、引きこもってばかりでは生活そのものが成り立たないでしょう。ありのままの自分を受け入れて、周囲の理解、協力を得ながら新たな一歩を踏み出す事につなげる事が大事だと思います。障害者手帳や障害年金といったセーフティネットは、そのための大きな助けになるでしょう。

プロフィール

藤嶋親方

Author:藤嶋親方
ご来訪ありがとうございます。茨城県東海村で社労士を開業している藤嶋です。 
社会保険制度を分かりやすく、出来るだけゆるく、時に日常の何気ない話等を綴っていきます。
どうぞお付き合い下さい。

リンク
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
カテゴリ